【競争力の源泉としての高等教育】

近年、語学と国際交流、IT教育、実学、在学中のインターン体験、在学中の専攻外分野習得などを中心に、各国の初等教育から高等教育までの広い情報が日本でも報道されるようになってきました。 学術分野の国際競争化に加え、バブル経済崩壊、技術者大量移転やリストラといった一連の大型社会現象を受けて、社会に出てすぐに役立ち「国際競争力を備えた若手をすぐにほしい」といった、 企業側からの要求も増えています。

現在のITや先端技術成功者、金融経済などの突出した頭脳ともてはやされる欧米の成功者たちの多くは、大学在学時代やごく若い時期に起こした起業経験と成功、 技術開発やそれをもとにした運用や資金調達といった数々の経験談に彩られています。 早い人では10代で自らの成功により巨額の富を得て、さらなる道を「若い世代から、技術や理論に商才を兼ね備えて」切り開くといったケースも多いようです。 日本も技術や経済活動では、こうした若い世代ですらも大きな花も実もつける海外企業たちと直接対決するスタイルになってかれこれ数十年。 高等教育であれ初等教育であれ、もはや横並びの教育では社会の変革に対応できなくなってきているのです。

【日本の大学の動き】

こうしたこともあり、現在大学側でも、産学研究の拡充化や学内起業とその育成、物販や技術による大学ブランドの確立を進めています。 任期付助手などが20~30代に社会に放り出されるときの受け皿や緩衝材としてといった役割以外にも、在学中の若い世代から企業活動のあらゆる部分にタッチすることで、 企業や社会のニーズにマッチした経験とスキルを備えた良質な学生をつくるといった意味もあります。

ですが、こうした取り組みを積極的に行えている大学は、学校数としては増えつつあっても、その枠に入れるかどうかといった部分ではまだ十分ではありません。 というのも、とくに日本の場合は海外の学校制度とは異なり、1学年あたりの在学者数が多く歴史も古い大学ほど、教育レベルも高く優秀な学生や研究者がとくに集まりやすくなっています。 学生の母数が大きいことで、いかに恵まれた大学でこうした制度があっても、このような経験が積める人数自体がごく限られるわけです。 また、仮に学生たち自身が技術開発や起業を行うとしても、伴う融資や契約面での制約は、まだ日本の場合非常に大きなものがあります。 この制約は、若い世代をモラトリアムとして守る殻でもありますが、 その翼を摘み取ってしまうものでもあります。
こうしたこともあり、学内起業などの制度を充実させているわけです。

【負担が増える日本の大学生】

現在は国公立、私立大学とも、こうした制度と広く利用できる設備群を拡充させる傾向にあり、その分、とくに私立大学では大学入試の受験料や授業料が高額化。 さらにいずれの大学も、設備負担や機材利用、学生個々にオプションで利用を申し込むサービスやそろえるべき機材などが非常に高額化しているといった指摘もあります。 留学経験のある方は「海外大学も、設備負担や書籍機材は高い」とおっしゃる方も多くあります。 ですが、主要先進国の大学の多くは、国内出身者の学費は無償化あるいはごく少額負担化が進みつつも、 貴重な外貨獲得手段でもある留学では有償化を進めています。また、国内出身者の場合、ほとんどの学生が給付型奨学金などを使うことで、学費無償に近い扱いとなっています。

一例ですが、フランスや、州ごとに国立大学の学費が決定されるドイツでは、国外出身者以外、基本的には学費ゼロ。 留年やシニアの学生、社会人などでは年間10万円前後の学費負担があるといったところがほとんど。設定されている学費や納付金が非常に高額ながら、 ほとんどの人が学校や企業などからの多額の給付型奨学金を得るため、国内出身者でみれば学費自体が実質かからない米国などのケースもあります。 在学期間をトータルで見ると、主要先進国の高等教育費用負担は現実には非常に少なく、奨学金を与えている学校側や企業からの制約も少ないのです。

他方、日本を見てみると、高等教育は私費負担が異常に重くなっています。
もとより学費が安いフランスやイタリア、ドイツ。また設定されている学費自体が高い、英国、米国、カナダなどの場合には、 いずれも給付型奨学金がその多くをカバーしてくれる制度となっており、進学率は日本と変わらないほどの高さでもあります。

【日本の教育機関への公的支出割合の低さ】

教育機関そのものに対する公的支出に関して、経済協力開発機構(OECD)の「図表で見る教育2013年版」によると、2010年のGDPに占める日本の教育機関への公的支出割合は3.6%(18.52兆円)。 加盟国平均は5.4%でデンマークの7.6%(2.64兆円)以下、ノルウェー7.5%(4.02兆円)、アイスランド7.0%(0.10兆円)、ベルギー、フィンランドの6.4%(3.40、1.72兆円)、 英国5.9%(15.70兆円)、米国5.1%(89.96兆円)、韓国4.8%(6.15兆円)。加盟国のうち、比較できる30か国中の%では最下位となっています。 加盟国の支出で「高等教育機関の在学生1人当たりに対する公的支出」を見ると、10596ドル。進学率が大学・大学院・専門学校等を含めて50%前後としてみると、 とくに技術、工業生産品を主要な貿易対象とする先進国としては、非常に少ないと感じる方が多いかもしれません。

近年技術立国としての日本の立場に疑問を覚えるといった論調も盛んになっていますが、こうした公共の、あるいは企業による「人の育成」に向けての投資が、日本を支えてきたはずなのです。

しかし、このような国内外の指摘を受けて鳴り物入りで始まった2017年からの国による給付型奨学金では、2~4万円の給付にとどまっています。 さらには実質利用可能世帯の家計支持者は住民税非課税であることなどが条件となっており、生活保護世帯に近い状況で初めて利用できる制度。

現在の国内大学授業料は、国公立で年間およそ56万円、私立では86万円が平均となっており、各国で行われている公的なあるいは私企業による各種の給付型制度の手厚さに比較すれば、 「個人レベルの収支の視点で小遣い銭程度にしかならない給付は、統計対策のマクロ的な収支合わせ」「●●対策商品券や給付金の2017年度版」といった批判的な見方すらあるほどです。

日本の場合、加えて、公的資金が教育機関に投入されたところで、積極的に古い建物を壊しあらたな建物を作るために再整備に金銭が多く消費されるだけといった「ハコもの文化」も、 残念ながら教育機関においてすら、強く残っています。人材育成への還元率は高くなく、中間で消費される割合が多いということです。

卒業時の就職率改善なども報じられながら、数値合わせ的に短期で離職に追い込まれる事例などが報道されている日本。 教育は社会に出るために必要なものではなく、自らが余暇的に得るもので社会生活には繋がらないとした、戦後すぐの日本社会を写したような古い考え方や、 「教育とは親の、子の自己責任」といった見方も、どこかには残っているのかもしれません。

こうした状況に国家が便乗し、制度的な悪循環を生んでいる点では、それでも個人が受け身ではなく、積極的に自らに教育の機会を得る必要があります。もちろんそれには自らへのさらなる投資も必要となるでしょう。

【異世代同居システムの目指すもの】

わんるーふが進めている異世代同居システムの構築は、こうした自らへの教育の機会にかかわる個人への投資のベースとなる「生活関連支出の圧縮」、 そしてまだ若い世代や、その親世代が知らない経験を持つ「異世代コミュニティの高齢者との人的マッチング」を与えるものでもあります。 世代間や時代の変遷による高等教育の変化はもちろんのこと、あらゆる変化に柔軟に対応できる個の強さを養うためにも、非常に意味のあるものだと考えております。

 

【わんるーふで異世代ホームシェア】

異世代ホームシェアは、空き部屋を抱える高齢者宅で、自宅外学生となる人たちが家賃無料ないし非常に低廉な対価で一緒に住まう居住形態です。
自宅外学生にとっては毎月負担する家賃部分を大きく削減し、毎月の生活コストを最大3割ほど軽減する効果が見込まれます。

わんるーふは、厳しい経済状況でも進学しようとする若者と、異世代ホームシェアのためのお部屋を提供することで応援していただける高齢者の方の双方をマッチングすることで、 この社会の中で、民間社会保障ともいえる仕組み作りを目指しています。

ご興味がある方は、わんるーふまで是非お問合わせください。